毒親育ちの子育て日記 nano's diary

毒親育ちの夫婦による子育て日記です。

両親の話、の前に

毒親両親の話をしようと思うのですが、我が家の歪みを辿るとその両親の話を先にした方がいいかなぁ、と。

 

要するに祖父母の話ですね。

 

父方の両親は祖母が1歳年上の姉さん女房。

 

…なのですが、主導権は完全に祖父。

 

親戚の紹介でお見合いをして、どんどん話が進んで祖母がお断りする間もなく結婚に至ったそうです。

 

祖父が仕事であちこち飛び回っていたらしく、祖母は幼い父を抱えて祖父の本家で居候。

 

その時は召使いのように扱われていたらしく、朝の4時から夜中の1時まで働いていたそうです。

 

さすがに体調を崩し、実家に連絡するとすぐに祖父へ連絡が入ったようで、祖父は仕事をやめて迎えに来たそうです。

 

その後、拠点を大阪に変え、共働きし始めたそうですが、財布の紐はがっちり祖父が握ったまま。

 

祖母は祖父が亡くなるまで化粧品すら自分で買ったことがないと言っていました。

 

そんな祖父はショートスリーパー

 

その遺伝子はばっちり受け継がれており、父、私、三女Nがショートスリーパーです。

 

そしてなにやらナノさんも怪しそう(笑)。

 

それはさておきそんな祖父ですが、感情の起伏が激しく、怒ると手が出る人でした。

 

父は祖母が庇うからあまり怪我はしたことがなかったようですが、その分祖母の怪我がすごい。

 

体中に痣があり、どこかに引っ掛けた痕のようなものもありました。

 

殴る蹴るは日常茶飯事、部屋から網戸ごと吹っ飛ばされたり、冷蔵庫にぶつけられたり、裸足で家を追い出されたりと色々されていたそうです。

 

そんな祖母が物心ついた父に何度も言っていたらしいセリフ。

 

「お前がいなければ離婚できたのに」

 

父は一人っ子なので、結婚が決まった際、同居を望み、私が生まれるまでの2年間は大人4人の同居でした。

 

その間も祖父の暴力はあったらしく、私や次女が生まれても、孫以外には手が出るため、父は母を守るため引越しに踏み切りました。

 

 

母方の祖父母の話はあまり知らないのですが、祖母が次女で、自分の子ども時代姉ばかり優遇されるのが辛かったらしく、次女である母を猫可愛がりしてたそうです。

 

両家顔合わせの時、母の祖母が父方の祖母に言ったそうです。

 

「この子はお菓子ばかり食べて体ボロボロやし、家事もできへんのによう嫁さんに貰う決心をしてくださいました。」

 

実際今でも母の主食はポテチとチョコレートです。

 

とりあえずこの辺で。