祖父と私の話
祖母や父には厳しく暴力も出る祖父ですが、初孫である私にはとても優しいおじいちゃんでした。
夜間授乳が必要なくなった生後10か月頃から私の寝室は祖父と一緒になり、ご飯を食べさせるのもお風呂も寝かしつけも全部祖父。
幼稚園に入ると送り迎えはもちろん祖父でした。
自転車や竹馬、一輪車、縄跳びの練習もすべて祖父が付き合ってくれましたし、休みの日に遊びに連れて行ってくれるのもいつも祖父。
小学2年生の時、引っ越して祖父母と別居するまで私は、自分で体も髪も洗ったことがなかったですし、汚い話、トイレで自分で拭いたこともありませんでした。
恐ろしいほどに身の回りのことを祖父に甘やかされていたと知ったのは引っ越してからでした。
それまで私の身の回りのことは全て祖父がしていたのですが、引っ越してから両親が同じようにしてくれるはずがなく、体や髪の洗い方を知らぬまま一人でお風呂に入るようになりました。
それだけなら自分が努力すればいい話だったのですが、幼い頃に引き離され私とあまり接点がなかった両親とはそこから溝が埋まるどころかどんどん広がってしまったように思います。
怒られたことこそないですが、行儀作法などには厳しい祖父でしたので、箸の持ち方や言葉遣いなどは細かく指摘されて育ちました。
一人称は「わたし」以外は使ってはいけないと言われ(関西育ちなので周りは「ウチ」が多いのです(;^ω^))、語尾は「~な」ではなく「~ね」にしろと言われ、お辞儀する時は手は横ではなく前でそろえておくこと、大股で歩かない、大口を開けない、などなど…。
そのため、両親にしてみれば自分たちが言わずとも年齢相応のことは私ができて当然だったのでしょう。
祖父母と別居してから私ができないことに関しては
「なんでできないんだ」
と怒るばかりで、両親に教えてもらったことなんてありませんでした。
引っ越してから2か月で祖父が亡くなり、悲しいながらも祖母や両親がホッとした表情をしていたのが今も忘れられません。
私にとっては家族で唯一甘えられる存在であり大好きなおじいちゃんでした。